2022/07/19

アメリカの結婚式事情がよ~くわかった、娘の結婚式

3週間以上過ぎてしまいましたけれど、そろそろこの辺で、6月25日に行われた娘の結婚式について書いておきますね。
ジューンブライドということだけでもおめでたいけれど、偶然にもジュリー沢田研二さん)の誕生日でもあり、うふふな日でした♪
日本の結婚式とはかなり違う面もあって興味深かったので、それについても触れます。


式場選びから始まり、料理の選択、花の手配、カメラマンやダンスタイムの DJ の手配など、何もかも自分たちで行ったそう。
親の出る幕もほとんどなし・・・招待客の人選も任せました。
結婚式の費用は、アメリカでは花嫁の親が出すことが多いようですが、私たちが協力したのはほんの少しで、とても楽でした。
30代半ばになるまで待った甲斐があったかな?(笑)

大勢の友人たちを招いて、みんなの思い出に残る素敵な式を目指した様子。
細かい所にまで、感心するほど心配りが行き届いていたことにも、拍手を送りたいと思います。


夫と私、日本から来ている息子夫婦は、式の2日前に娘たちの家に到着。
我が家から車で4時間ぐらいで、ミネアポリス郊外の環境に恵まれた住宅地です。
(実は2年前に二人で家を購入してから、既に一緒に住んでいます)
引き出物(日本と違って小さく簡素なもの)をギフトバッグに詰めてタグをつけるのを手伝ったり、ダンスの練習をしたり・・・

アメリカの披露宴では、新郎新婦のファーストダンスを披露するのが定番です。
みんなで大騒ぎしながら練習。かなり笑えました。
息子の奥さんがダンスはお得意で、しっかり指導してくれて良かったこと♪


翌日には、花婿のご両親もアトランタから到着。初めてのご対面でした。
お父様はイギリスの方で、典型的なブリティッシュアクセントで英語を話します。
お母様は、すら~っと細身で背が高い方。
後でお会いしたお姉さま方も、お母様に似たモデル体型でおきれいです。
もしができたら、この方たちのDNAを受け継ぐことを期待しちゃう(笑)
「お嫁に行く」という感覚はほとんどありませんけれど、「娘をどうぞよろしく」と心の中でつぶやいていた私です。

その日の夕方に、式場でスタッフと共にリハーサルを行いました。
入退場のタイミングなど、簡単なものでしたけれど。
アメリカの典型的な結婚式に従い、花嫁と花婿の付き添い人たちが集まってくれました。
それぞれの親しい友人たちが、5名ずつです。

続いて、リハーサルディナー

これもアメリカの結婚式には定番のイベントで、式の前夜に行われます。
付添人たちと、ごく近い親族、特に親しい友人たちだけで食事を共にします。(もっと少人数でまとめることもあり)
ごくカジュアルな形で済ませることもありますが、結婚式当日ほどではなくても、フォーマルな服装で参加する方がほとんどです。

近くにある、ビールの醸造所付きのレストランで、ビールもお料理もとても美味しかった♪
両家の親兄弟が同じテーブルを囲み、交流を深めました。
当日は忙しい新郎新婦ともたくさんおしゃべりできるし、お互いの友人を知ることができる良い機会だと思います。


そしていよいよ当日。

娘が泊まったホテルのスイートルームに、早朝から友人たちが集まりました。
花嫁の付き添い人はブライズメイド bridesmaids と呼ばれ、その長はメイドオブオナー maid of honor です。
ウエディングドレスの裾を持ったり、ブーケを預かったり、色々なことに気を配ってくれます。
ウエディングドレスを買いに行った時にも、彼女が付き合ってくれたそう!
娘のロースクール時代の親友や、勤務先の同僚が、全部で5人。
インド人やハーフの方で、やたらと国際的でした。

彼女たちは、結婚式のテーマカラーの色のドレスを着ることになっています。
全く同じデザインで揃えることが多いですが、今回は色だけネイビーブルーと決めて、あとは各自自由にというスタイルでした。
私もそこに混ざって、順番にヘアメイクをしてもらったり、プロのカメラマンに写真を撮ってもらったり、ワイワイ楽しかったです。

シャンペンを開けて、早々と乾杯もしちゃいました。
お揃いの紺色のローブ(娘だけは白)でくつろいでいたのですが、ついにウエディングドレスを着る時間に・・・!
背中のジッパーを上げるのは花嫁の母の仕事と言われ、その様子もしっかり写真撮影されました。

日本では、花嫁は決して日焼けしないよう気を付けると思うのですが、アメリカでは逆。
白いドレスに白い肌では不健康そうに見えるからとの理由で、せっせと日焼けサロンに通ったり、1週間ぐらいは持つスプレーで肌を小麦色にしたりするのです。

娘もこのスプレーを使ったらしく、確かに健康そうに見えたかも?
ドレスがきつくなると大変ですので、食べる量にも気を付けていました。


全員着替えてから、式が始まる前にかなりの時間をかけて屋外で撮影タイム
まずは花婿、その後に父親が、初めてウエディングドレス姿の花嫁に会う様子も、感動的でした。
夫は少し涙ぐんでいたみたいだな。。。(下の写真の後に、夫が振り返ってご対面)


セレモニー会場でみんなが着席した後、いよいよ娘と夫が腕を組んで入場。
入退場の時のヴァイオリン演奏は、息子の役目です。
娘を花婿にお渡ししてハグ。(その前に私も含めて親子でハグ)

アメリカでは、オフィシアント Officiant という資格を持った人に、結婚式を執り行ってもらうことになっています。
キリスト教の場合は牧師司祭が担当しますが、今回は宗教的色彩は抜きでした。
姪のひとりが、なぜかオフィシアントの資格を持っているので、司式をお願いしました。
明るくにこやかに式を進めてくれて、みんなの緊張感もほぐれた感じです。

途中で、甥がギターを弾きながら歌ってくれました。司式してくれた姪の弟です。
つまり娘のいとこたちで、子供の頃からとても親しくしています。

夫婦となる二人のそれぞれの誓いの言葉指輪交換三々九度の真似事までありました。
日本の風習も、少しだけ取り入れたいとのことだったのでね。
本物のお酒だったそうで、アルコールが回って娘の顔が赤くならないかとちょっと心配でした。
司式者の姪が、夫婦となった二人を皆さんに紹介し、そこでキス♪ おめでとう!!
「彼氏」、プロポーズ後は「フィアンセ」と紹介していた人が、ついに「夫」に昇格しました

フラワーガールリングボーイを、飼っているワンコたちにやらせようかという案もあったようですが、何が起こるかわからないので、それはボツになったそう。
(でも、ちゃんとおしゃれはしていた)


セレモニーが無事に終わると、すぐ隣りの会場でカクテルアワー
まだテーブルに着席はせず、時々配られる軽食を手でつまみながら、雑談タイムです。
親戚一同と、私たち夫婦の友人で娘を子供の頃からよく知っている人たちも集まり、あちこちで話が弾みました。

新郎新婦ブライズメイド bridesmaids とグルームズメン groomsmen(花婿の付添人)と共に登場すると、レセプション(披露宴)の開始です。
自分の名札を確認して、テーブル席に着きます。



招待客は、前もってサラダ2種のうちひとつ、肉料理・魚料理・ベジタリアン用の料理の3種の中からひとつをそれぞれ選択済みでしたので、それに従って料理がテーブルに運ばれました。

ひと通り食事が終わった頃、デザートの前にスピーチの時間です。
日本の結婚式ですと、会社の上司などの長ったらしいスピーチが続きますけれど、アメリカでは違います。
まずは花婿の親友である ベストマン bestman(花婿の付添人の長)が、ご来賓の皆様への歓迎の言葉と新郎新婦へのお祝いの言葉。花婿の紹介や暴露話も・・・
メイドオブオナー maid of honor(花嫁の付き添い人の長)も同じような内容で、それに続きました。

その次は、何と私の番!
「花嫁の母のスピーチ」を、娘に頼まれていたのでね。
日本ですと、花嫁が両親への手紙を読んで涙、涙・・・となるはずですが、こちらでは逆でした。

ベストマンメイドオブオナーが、iPhone に入れた原稿をチラチラ見ながらだったのに対し、私は昔ながらの紙の原稿を使用。
小さなスクリーン上で、どこを読んでいるかわからなくなったら最悪ですもの。

100名以上の方の前に立ち、皆さんの視線が一斉に集まっても、ちっとも緊張しなかったのはなぜだろう。
多分、自分が映画のシーンに入り込んでいるような錯覚に陥り、役を演じている気分だったような?

子供の頃のエピソードなどを混ぜた6分ちょっとのスピーチは、なぜか大好評で、笑いも取れたし、親戚や友人からも、全く知らない人にまで「泣かされた・・・」と後から言われてしまいました。
私としては、途中でつかえたりせずに、ちゃんと終わりまでスラスラ話せてほっとした、というのが一番だったのですが。
娘の顔を見ると崩壊しそうで心配でしたけれど、意外と大丈夫でした。
でも、娘のほうは大泣きだったみたい。

その次に「花嫁の父」としてスピーチした夫は、「あの大拍手の後ではやりにくかった」ですって・・・
夫は、人前で話すのは私よりずっと慣れていますが、やはり紙の原稿を片手に頑張っていました。

ケーキカットは省略で、その後ケーキコーヒータイム。
そしていよいよ、みんなが楽しみにしていたダンスの時間です♪

まずは「花嫁と花嫁の父」のラストダンス
そして、「花嫁と花婿」のファーストダンス
花婿が緊張しているのが感じられましたが、二人で見事に踊り切りました。
夫と娘のほうが、安心して見ていられた感じです。

その後はノリの良い DJ 登場で、みんなでダンスタイム!!
次第にアルコールも入ってきて、老若男女が入り乱れて大変な騒ぎで踊りまくりました。
夫を含め、アメリカでは70代でも頑張るのが微笑ましい。
私も頑張った。若かりし頃、六本木などで踊っていたのを思い出すな~
(その頃は「クラブ」でなく「ディスコ」と呼んでいました。)

ウエディング姿のまま、娘もずっと踊っていたのですが、片手にはカクテルグラス!
「真っ白なドレスにこぼれる~」と心配していた母です。。。

ブーケトスもありました。受け取った人が次に結婚できるそう。
誰が受け取ったのかな?
これは、日本の結婚式でも採用されているようですね。

踊っているうちに段々足が痛くなってきて、裸足になってしまった人も・・・
とにかく賑やかで、みんな楽しそう。
踊らなかった人は途中で帰ってしまいましたけれど、夜11時までの予定だったのが夜中12時まで延長となって、かなり大勢の方が最後まで残りました。

その後ホテルの部屋に戻ってから、また親戚数名が集まってビールと共にしばらくおしゃべり。
やっとベッドに入ったのは2:30頃という、長い長~い幸せな1日でした。


ちなみに、「新郎新婦」は英語で bride and groom で、必ず「新婦」が先です。
結婚式の主役は、あくまでも花嫁なのね~

2022/07/05

3年ぶりに親戚が集合した独立記念日

しばらくブログの更新をサボっていましたが、予定通りアメリカに戻り、娘の結婚式も無事に終わりました。
日本から息子夫婦が来ていて7月末まで滞在するため、1人で落ち着いて何かをする時間がなかなか見つかりません。

結婚式のことについてはゆっくり記録に残したいので、今日は週末の集まりについて先にさらっと書きますね。

4th of July と呼ばれる7月4日独立記念日は、アメリカ人にとって大事な祝日です。
一昨年はコロナ騒ぎでそれどころではなく、去年は少人数で小規模にお祝いしました。
今年は3年ぶりに、いつものように義妹夫婦の家に親戚一同が集まり、久しぶりに賑やかでした。

息子夫婦と新婚ほやほやの娘夫婦も参加で、金曜から4日間どんちゃん騒ぎが続いたのです。
(私たち夫婦を含め、3日目の日曜までだけ参加が半分以上でしたが)
今年は3世代で総勢20名。天気にも恵まれ、それほど暑くもなく寒くもなく最高でした。

予定では、もっと参加者が多いはずだったのにどうしたの?
何と、ここより北の町に住む義弟と下の義妹夫婦、その次女が、揃ってコロナに感染してしまったのです。。。
みんな本当に楽しみにしていたので、がっかりでした。

ボートの上で不参加組と FaceTime で話しましたが、何だか泣きそうになっていた人も・・・
来年こそは、全員集合できると良いのですが。


若い世代は、ハイドロフォイル hydrofoil と呼ばれるボードで遊んでいました。
パンデミックが始まる前の夏に甥が購入し、みんなに教えたのです。
一定のスピードを超えると揚力が出て、水面の抵抗を受けずにすべれるのだそう。

息子夫婦は今回初めての挑戦でしたがすぐに覚え、まるで宙を飛んでいるような感覚だと興奮していました。

初心者(写真は息子です)は、ボートが引くロープにつかまりながら。
でも、完全に水面から浮いていますね。


経験を積んでいる甥は、ロープを手から離して、ボートの作る波に乗ってサーフィンのようにすべっていました。


海だと自然の波に乗れて、もっとうまくいくのでしょうね。

私たちシニア組はこれを試す勇気はないので、若い子たちに拍手を送りながら、カクテルを飲んでまったりしていました。
いつもは避けている、ポップコーンなどのジャンクフードもたくさん食べてしまった・・・

夕食のために一度家に戻り、また湖へ。
今頃は日没9:30近くでなかなか暗くならず、花火が上がるのを待っているとかなり遅くなります。



料理はみんなの持ち寄りで。オードブル担当、ブランチ担当など手分けして、私はデザートでした。
いつもメイン料理を担当してくれる義弟が来られなかったため、品数もちょっと寂しかったけれどね。
料理の写真も、全然撮らなかったな。残念・・・

場所を提供してくれた義妹のご主人が、自分で釣った魚を使ったフィッシュチャウダーを、大量に用意してくれました。
とても美味しいのですが、バターたっぷりでいかにも高カロリーそう。
しかも、ほとんどボートで座って過ごしたので、身体がすっかりなまってしまった3日間でした。

今日は久しぶりにウォーキングしまくり、息子夫婦が作ってくれた和食でほっとしています。
ずっとアメリカ料理が続くと、無性にしょうゆ味を欲してしまう私たちです。

2022/06/12

久しぶりの日本で、戸惑うこと色々

一時帰国の約1ヶ月はあれよあれよと言う間に過ぎ、そろそろ帰り支度の時期となりました。
まだコロナがおさまっていない状況ですので、あまり大勢の方には会うことができなくて残念だったのですが・・・

それでも、横浜三渓園をゆっくり散策したり、渋谷に新しくできたスクランブルスクエア展望台に上ったりして、懐かしい友人たちとの久しぶりのおしゃべりに花が咲きました。



見た目にも美しく、栄養のバランスが取れて美味しい食事を、レストランや自宅で毎日心ゆくまで味わえましたしね。




様々な料理が、ちょこっとずつ並んでいると嬉しくなります。
女子会には、こういうのが最高ですね。

日本では食材が豊かで、手料理での家族との食事も楽しく、デパ地下スーパーのお惣菜やお弁当だって、本当に美味しいこと!
デパ地下ごと、アメリカに持って帰りたくなります。


3年ぶりの一時帰国で、私はお上りさんそのもの。
新宿渋谷もすっかり変わってしまい、ひとりでは迷子になりそうでした。
赤面するようなことも、色々とあったしね・・・

まずは、セルフレジ
この前帰国した頃にも一部の店で既に導入されていましたが、コロナ騒ぎでますます増えたようです。

お札はここに入れるのよ」と、一緒に買物に行った妹に、最初に教えてもらいました。
でも次に1人で買物した時、「じゃ、小銭はどこ?」と戸惑ってしまった私。
それらしい場所にじゃらじゃら置いたのですが、スクリーンには変化なしで、音声も聞こえません。

しばらく待っていたら、お店のお姉さんに「すみませんが、投入口と書いてあるところに小銭を入れ直してください」と言われてしまいました。
ありゃりゃ、私は「返却口」に小銭を置いていた・・・

お札を1枚ずつ入れる店、まとめて入れる店、レシートのQRコードを自分でスキャンする店など色々あって、ついて行けませ~ん。
いつでもどこでもクレジットカードで買物のアメリカ式に、すっかり慣れてしまっているのでね。

セルフレジでない店では、おつりは店員さんがトレイに置き、お客さんがそこから取る仕組みに変わっています。
でもコロナ以前のように、店員さんの手から直接受け取ろうとしてしまったことも(汗;)


店の入口での手指の消毒は当たり前で、検温される時もあります。
額だったり手首だったり、これも店によって様々ですね。

あるデパートでの検温は、画像加工のアプリみたいにスクリーン上に顔の輪郭が描かれ、それに自分の顔を合わせる仕組みでした。
そんなのは見たことがなかったので、「あら、最近は入場する時に顔写真まで撮られるのね」と思い、そこで立ち止まってにっこり♪

まさか、それが検温のためとは思いもしませんでした。一緒にいた友人たちに、思い切り笑われてしまった!
まあ、マスクをしていたので、それほど「怪しい人」には見えなかったと思いますけれどね。

レジ袋が有料化し、買ったものは持参のエコバッグに何でも放り込むようになりました。
ゴミが減って、本当に良いことだと思います。
でも、「私、万引きなんかしてませんからね~」とアピールするために、エコバッグをしっかり閉じて肩からかけるなど、何だか余計な気を遣ってしまう・・・
家に戻ってから、有名ベーカリーで買ったパンや他の食品や雑貨などが一緒にごちゃごちゃ入っているバッグを開けると、とても不思議な気持ちになります。


公共トイレでは、「そうだ、日本では音姫を使うのだっけ!」と思い出しました。
でも、時々忘れてしまいます(笑)
アメリカ暮らしが長くなると、「別に聞こえたっていいんじゃないの?」と、羞恥心がなくなってくるようです。

コロナウイルスをまき散らす恐れがあるそうで、ハンドドライヤーにはどこでも張り紙が貼られて、使用できなくなっています。
アメリカでは多分100%の公共トイレにペーパータオルが設置されていて、ハンカチは不要ですが、日本ではそれがなく、自分のハンカチを持っていないと困ってしまいますね。

濡れたハンカチをまたバッグに戻すというのが、どうも気分が悪いのですが・・・
これもきっと、紙資源節減の一環なのでしょう。
汗拭き用と2枚のハンカチを持って出かけなければならないので、洗濯回数が増え、何がエコなのだかよくわからなくなってきますけれどね。


今回の帰国での初経験は、「優先席」に遠慮なく座れるようになったこと。
帰国してしばらく経ってから、「そう言えば私ももう高齢者の一員なのだから、座っても構わないのだ」と気付きました。
嬉しいような、寂しいような・・・
もちろん、もっと高齢の方がご乗車でしたら、席をお譲りします。

やっとマスク生活に慣れてきましたが、それもあと少しの辛抱です。
帰ってきた時と同じく、機内ではマスクを使うつもりですけれど、アメリカに戻ったら多分もうしないだろうな。

日本でも、屋外で人との距離が保てる場所なら着用義務はなくなっているのに、ほとんどの方はまだ真面目にマスクをつけていらっしゃいますね。
一体、いつまで続くのかしら。
マスクで「駆け込み乗車」なんてすると、めちゃ息苦しいので、余裕を持って出かける癖がついたのは良かったです。


大変ありがたいことに、一昨日のニュースで「渡米前のコロナ検査義務が、6月12日から廃止」と発表されました!

これまでは、出発の前日か当日にPCR検査を受け、英文の陰性証明書を取得することが義務付けられていました。
当日では不安なので、前日に検査を受け、英文での陰性証明書をPDFファイルにしてメールで送ってもらうケースがほとんどだったことでしょう。
検査を受けるために、忙しい前日にもかなりの時間を取られてしまうのが大変です。

渡航のためのPCR検査は場所も限られ、費用もバカ高いものでした。
日本への帰国前にアメリカで受けた検査は50ドル以下でしたので、その程度と思っていたらとんでもない!
安い所でも20,000円、高い所は40,000円以上で、悪名高いものだったようです。
本当に、ぼったくりもいいところです。

実は今月末の娘の結婚式に参列するために、沼津に住む息子夫婦は1週間前にミネソタに出発しました。
その時期に、お得な航空券が取れたようです。
私がまだ日本にいても、夫が向こうで受け入れ準備をしておいてくれたので問題なしでした。

でも、たった1週間の違いで、息子たちは二人で40,000円もの余計な出費・・・航空券は安くても、これでは結局もっと高くついてしまったかも。
それに、検査のため鼻のかなり奥までスワブを突っ込まれ、苦しい思いをしたようで気の毒でした。


夫や息子が送ってくれる広々としたミネソタの写真を眺めながら、早く戻りたい気持ちと、もっと日本を楽しみたい気持ちが、ちょうど半々です。

91歳の母と過ごす時間がとても愛おしく、今度帰国する時にもどうか元気でいて・・・と祈る毎日です。
母にあれこれ細やかに気を遣い、健康を支えてくれている妹にも、感謝の気持ちでいっぱいです。

コロナがすっかり落ち着き、これ以上変な伝染病が流行りませんように。
世界に平和が訪れますように。
恐ろしい天災に見舞われたりしませんように・・・

また次の機会に元気で会えるよう、今回会えた人たちにも会えなかった人たちにも、心からの愛を送ります♪