2026/08/22

’26 夏の思い出1 嬉しいサプライズ!

5週間我が家に滞在した息子夫婦がようやく日本に戻り、寂しさとほっとした気持ちが入り混じっています。

二人ともオンラインで英語を教えながらでしたので、日本との時差の関係で、夜または早朝かなり早くからレッスンの日もあり、なかなか大変だったと思います。
でも、昼間はたっぷり遊んだり、私たちと時間を過ごしたり、とても充実した5週間でした。


この前ブログ記事をアップしてから続けて色々書こうと思いつつも、なかなか時間が取れずに、結局今になってしまいました。
今さらですけれど、「夏の思い出」として少しずつ記録しておきます。

7月半ばには、親戚一同が義妹夫婦宅に集まる恒例のイベントがありました。
ここに、サプライズでサンフランシスコに住む娘&3歳の孫娘が参加することになったのです。
みんな(夫も含めて)には内緒で、息子夫婦と義妹夫婦と私だけで密かに計画を練りました。

集まった親戚たちと共に、金曜の夕方に義妹宅で夕食をいただいてから、夫と私は帰宅。
引越してから前より近くなり、車で15分で行き来できます。

息子夫婦は義妹の家に泊まったのですが、息子が途中で抜け出し、最終便(夜11時近く)で到着の娘と孫娘を空港まで迎えに行ってくれました。
そして、息子たちに使わせていたマスターベッドルームに通じる裏のドアから、みんなでそっと入ったのです。

私はみんなをその部屋で迎え、夫に気付かれないようにヒソヒソ話でしばらくおしゃべりし、孫娘を寝かせてから、息子はまた義妹の家に戻りました。

夫は家の反対の端の部屋で既にベッドに入っていたので、全く気付かなかったようです。

大成功!と思いきや・・・

しばらくすると、孫娘が疲れて泣き出してしまった・・・

私はまだキッチンにいましたが、ニャンコのキキが体調不良か何かで鳴き始めたと思った夫が、心配して起きてきちゃった。

それ以上は隠せなかったので、マスターベッドルームのドアを開けて見せたら、そりゃもうびっくり!!
もう真夜中近かったけれど、感激のご対面となったわけです。


そして翌日、4人で義妹の家に戻ると、そこに泊まっていた親戚一同がみんなまたびっくりで大騒ぎ♪
最初は戸惑っていた孫娘も、すぐに甥の子供たちと仲良く遊び始めました。
特に年が近い E 君と、すっかり意気投合!


翌日土曜日は、1日のほとんどをみんなでボートの上で過ごし、孫娘も運転させてもらっちゃった。



長旅の後にいきなり大勢の人に囲まれ、長~い1日で大変だったと思うけれど、ぐずりもしないでよく頑張ったね。
翌日の日曜日にはもうサンフランシスコに帰らなくてはならず、本当にあっという間でしたが会えて良かったです。

続きはまた次回にね♪

2026/07/30

「寿司」と「桜」がテーマだった親戚の子の誕生会

7月半ばに息子夫婦がミネソタにやってきて、8月半ばまで約1ヶ月我が家に滞在予定です。
それから本当にバタバタと色々なイベントがあり、ブログを書く時間が全く取れませんでしたが、久しぶりに少しずつアップしていきますね。

赤ちゃんの頃から時々子守をしてきた、親戚の E ちゃん。
今年はもう10歳で、息子たちが到着した翌日に彼女の誕生会に招待されました。

毎年の誕生会は、子供が自分で決めたテーマに沿って、飾り付けや料理が決まります。
今年のテーマは日本!特に「寿司」「桜」ですって!!
招待状も、こんな素敵なものでした。


毎年3月にはお雛様を飾ってひな祭りパーティーに招待し、ちらし寿司を一緒に作ったり、日本の文化についても教えてきた甲斐があったな~

前もってお母さんから長~いメールが届き、色々な相談を受けました。
日本に行ったことがあるわけでもないので、何か思い違いをして失礼のないようにと、精一杯配慮してくれたみたいです。

ネットでオーダーしたという、寿司や桜の小物の数々が、庭のあちこちを飾ります。



これは何と靴下なのですって!思わずつまんで食べてしまいそうです。


紙皿なども、よく見つけたわね~と感心してしまいます。


E ちゃんのパパ(夫の従妹の息子さん)が、日本式の鶏の唐揚げを、たっぷりと揚げてくれました。
私にとっては子供の頃から食べ慣れた味で、本当に美味しかった♪
醤油、酒、にんにく、しょうがで下味をつけ、片栗粉と小麦粉を混ぜた衣・・・という王道のレシピです。


寿司は市販のを買ったそうですが、サラダなどはみんな手作り。
私も何かの形で協力したかったものの、その前後のあまりの忙しさに、申し訳ないけれどパスすることにしました。

圧巻だったのは、寿司の形のバースデーケーキ
お母さんの手作りケーキのアイディアは、毎年みんなを驚かせます。


台の部分は大きなチョコレートケーキ
2歳上のお姉さんの L ちゃんも、マジパンでネタを作るのを手伝ったそう。
ご飯の部分は、ホワイトチョコのスプレーを使ったとのことです。
その中がどうなっているのかは、確認し損ないましたが・・・

E ちゃん姉妹の友人たち、親戚一同、ご近所さんなどで、かなり大勢集まりました。
女性にだけ配られたおみやげも、こんな可愛いもの。扇子まで入っていました。


私の名前に、ぴったりだったわ~♪
この誕生会の後もイベント続きで、あっという間の2週間でした。
それについては、また続けてアップしますね。



熊本地震のニュースについて、私はチェックしていなくて、テレビを観ていた夫が先に教えてくれました。
地元の皆様、猛暑の中でどんなに大変な思いをしていらっしゃることでしょう。
多くの支援が届き、少しでも早く復旧が進みますように。

2026/07/09

松ぼっくりとの戦い / 日本の「カワイイ」文化

前にも書きましたが、家の周りには色とりどりの花が鮮やかで、私たちの目を楽しませてくれています。


ただし、その世話も結構大変!
水やりや花がら摘みなど、去年まで住んでいた家と変わりなく、毎日の仕事です。

引越し前に庭を見て、落葉樹がなくて松の木ばかりだから、落ち葉かきをしなくてすむね~と喜んでいたのですが・・・
以前はする必要のなかった、新たな仕事が!

強風の日の後、木の周りに大量の松ぼっくりが落ちるのです。
松の種類によって、地面に落ちる時期はかなり違うみたい。


冬の間に盛んに落としていた木は、今は割と落ち着いています。
周りがすぐに松ぼっくりだらけになるのは、今はフロントヤードに面して生えている6本です。

芝刈りを頻繁に行わなければいけない時期なのですが、まず松ぼっくりをどかさないと、芝刈り機に負担がかかりそうです。

私が日本から戻る直前に夫が全部除去したにもかかわらず、それからまたずい分落ちてきました。
面倒で延び延びにしていましたけれど、芝も伸びてきたのでもう待てず、今日は2人で一緒に片付けることに。


6本分の松ぼっくりの片付けに、ちょうど1時間かかりました。
55ガロン(約208リットル)入る大きなゴミ袋3袋分がいっぱいに! 結構重たいです。


さて、これをどうやって処理すれば良いのでしょう。
今のところ、まだ所有している遠くの雑木林に捨てに行っていますが・・・
毎回それをするのも面倒なので、ご近所さんに相談しないといけませんね。

引越して色々な面で楽になったと感じていますが、「松ぼっくり」は私たちにとって新たな厄介な課題です。


さて、日本に帰国していた時の思い出を、もう少し書いておきましょう。

羽田空港に着いて、スーツケースを宅配で実家に送る手続きをしたのですが、私は旧札しか持っていませんでした。
「古い1万円札はまだ使えますか?」と尋ねたら、「大丈夫ですが、聖徳太子はもう無理です」だって・・・
係のお姉さんのナイスなお答えに、ああ日本はまだ平和だなとほっとしました(笑)

翌日になってから新しいお札をゲットしましたが、初めて使った時何だかドキドキ。
しわくちゃで汚れているものも出回っているアメリカのお札に比べて、日本のお札は何てパリッとして輝いているのでしょう。

アメリカでの買物はほとんどクレジットカードで済ませていますけれど、日本はまだまだ「現金文化」ですね。

現金が足りなそうでカードを使った時には暗証番号の入力を求められ、「これで合っていたかしら・・・」とちょっと不安になりながら入力。(合っていました♪)
その間、店員さんは、番号を見ないように顔を背けていらっしゃいました。
いちいち顔を背けさせるのも何だか申し訳なくて、その後カードは数回しか使いませんでした。

一方、QRコード決済 PayPay の普及率は伸びているようで、私は遅れを取っていると感じました。
アメリカでも、iPhoneApple PayAndroidGoogle Pay によるスマホ決済は行われていますが、私たち夫婦は使ったことがありません。

ま、いいか。。。
こうして次第に、高齢者は化石化していくのかもね。


最後の1週間は、サンフランシスコに住む娘一家も日本を訪れたので、とても賑やかでした。
3歳と1歳の小さな孫たちのことが心配でしたが、飛行機の中ではいい子だったとのこと。
でも羽田に着いてから大はしゃぎで、迎えに行ったグランマ(私)は振り回されてしまいましたが。

母と妹が住んでいる実家はそこまで広くはないので、娘たちは前もって Airbnb(民泊)を予約し、そこに滞在。
新宿にも渋谷にも近い駅から歩いて3分で、新しくて広々としたとても良い宿でした。

日本の "kawaii カワイイ" 文化を、孫たちも大いに楽しんだみたい。
それに、どこに行っても皆さんが「可愛い~~!」とほめてくれる。
婿殿も、人々の優しさにとても感激したみたいです。

原宿のサンリオカフェでは、こんなキュートなパンケーキが食べられるのね。


上の写真ではわかりませんでしたが、厚みがこんなにある!?



伊豆テディベアミュージアムには、沼津に住む息子夫婦が連れて行ってくれました。
実は私も「カワイイ」ものが大好き♪ みんなで大いに楽しみましたよ~




テディベア神社で、見よう見まねで手を合わせる孫娘♪


娘はハイスクール卒業20年の記念クラス会にも参加で、夫婦でドレスアップして夕方からお出かけ。
グランマが、泊りがけで孫たちの面倒を見ました。
楽しかったけれど、やっぱり疲れた・・・

孫たちは、日本で食べたコンビニのおにぎりメロンパンが、すっかり気に入った様子。
おにぎり好きは、グランマに似たかな?


2026/07/04

今日はアメリカ建国250周年 / 温泉三昧

7月4日はアメリカの独立記念日・・・英国からの独立が正式に宣言された日です。
英語では Indepence Day ですが、今日の日付をそのまま読む 4th of July のほうが日常的に使われています。
うんと省略して "Happy 4th!" という挨拶もよく耳にします。

グーグルトップページのロゴも、今日はアメリカ国旗をかたどったものになっています。


しかも今年は建国250周年ということで、大々的に祝われているはずなのですが・・・
この辺では朝から大雨。今は雨が上がっているものの、空の向こうは暗くてまだ怪しい天気です。
首都ワシントンの辺りでは熱波に襲われて、色々なイベントが中止や延期になっているとか。
神様も、アメリカの現状と未来を憂いているのではないかと思ってしまいます。

250年前というと、日本では第10代将軍徳川家治の治世でした。
平賀源内が、「エレキテル」(摩擦により高電圧の静電気を発生させる装置)を完成させたと言われている年だそう。

去年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で、安田顕さんが、最期は狂気に囚われた平賀源内を壮絶に演じたのがとても印象的でした。


毎年恒例の親戚の集まりは、皆さんの予定を組んで2週間後に決まっているため、今日は特別なことは何もしません。
現大統領が苦手な夫は白けた様子で、お祝いムードは全くなしで普通の1日を過ごしています。

近所では既に夕べから花火の音が聞こえてきましたし、今晩もパレードなどの行事が予定されているそうで、きっと町の中心地に出かければ賑やかなのでしょうけれどね。



独立記念日についての話題は、今回はあっさりと終わって・・・


日本に帰国した時の思い出話です。

小学校からと高校からの友人計4名で、箱根温泉宿に1泊しました。
昔ながらの古い旅館は満室だったのですが、私たちのグループを含めて日本人客は2組だけだったそう!
そう言えば、小田原で箱根登山鉄道に乗り換えた時、既に周りは外国人ばかりでしたっけ。

ず~っと親しくお付き合いを続けている友人たちですけれど、泊まりで一緒に旅行をしたのは、学生の時以来。
お揃いの浴衣でくつろぎ、温泉にも3、4回入って、美味しいお食事に舌鼓を打ちました。



夕食と朝食を運んでくださった仲居さんは、とてもにこやかで可愛らしい東南アジア系(?)の方でした。
日本語が上手で感心してしまったのですが・・・
朝食の時、「このごぼうは、湯豆腐と一緒に召し上がってください」とのこと。
あまり「ごぼう」っぽくなかったので、?と思いながら食べてみたら、何と「もずく」でした!

色だけは合っているかな?
間違いも何だか可愛らしく、仲居さんの笑顔と共に忘れられない思い出になりました。


後日、別の友人たちと今度は伊豆の温泉に1泊するプランがあったものの、残念ながらこれはボツ・・・
関東地方も台風6号に襲われ、線路が土砂崩れに遭って電車が運休してしまったのです。
台風は去ったからもう大丈夫と思ったのに、宿を急遽キャンセルしなくてはなりませんでした。

代わりに、後楽園にある「ラクーア」という所に行きました。
私は初めてで、今まで聞いたこともなかったのですが、スパ施設を中心にたくさんのレストランやショップが入っている施設です。

多くのお客様が、スパを利用するために長蛇の列でびっくり!
まだ新しくて、隅々まで清潔な素晴らしい施設でした。
ゆっくりできる館内ウェア(好みのを選べる)、タオルセットなど何でも料金に含まれているので、手ぶらで行けるのも魅力。


支払いなど、全てリストバンドで行うのが今風ね。
それほど熱くないお湯で、長時間浸かれるのも良かったです。
仮眠室もあり、静かにくつろいでいる人が大勢いたため、段々おしゃべりの声が大きくなってしまった私たちは、係の方にそっと注意されてしまいましたが。。。

マッサージも受けて、極楽極楽!
ランチもドリンクも美味しかったです。ぜひまた行きたいな~

いつもですと、後楽園ジェットコースターが真上を通って賑やかなのだそうですが、4月に死亡事故があって、まだ動いていませんでした。
スパに行く前に、「久しぶりにジェットコースターに乗ってみたいかも」と一瞬思ったものの、実は年齢制限があり(64歳まで)、どちらにしてももう乗れなかったのですけれどね(涙;)

夕食はどこにするか迷い、結局「ラクーア」内の台湾料理の店へ。
QRコードでオーダーするのは、シニアの私たちにはちょっとハードルが高く、お店のお姉さんにお願いしました。

日本で何度も感じたのですが、お店で働いている若い方たち、本当に親切で礼儀正しいです。
私が日本に住んでいた頃より、人間が進化しているような気が・・・?

めでたくありついた「冷やし豆乳麻辣湯(マーラータン)セット」は、 エビの蒸し餃子とマンゴーゼリーとタピオカミルクティー付きで、大満足♪


東京ドームの前で記念撮影した写真を、友人が AI で加工してくれました。


これも、良い思い出になるわ♪
温泉にたっぷり浸かったので、みんなますます「いい女」になったと思います(笑)

2026/07/01

一時帰国から戻りました

ブログの更新をすっかりサボっているうちに、2026年も半分終わってしまって驚いています。
実は、5月から6月にかけて1ヶ月ちょっと、日本に一時帰国していました。
ミネソタに戻ってからも、何だか毎日のように予定が入っていて忙しかったのですが、やっと少し落ち着いたところです。

いつものように、日本では盛りだくさんのスケジュールでした。
家族と親戚、友人たち・・・なかなか会えなくなってしまったため、どの人との再会も嬉しくて幸せで、とても大切な時間を過ごせました。

例によって、美味しいものを食べまくりましたよ。
食べ放題の時は、いつもつい欲張りになってしまう私。。。
特にデザートは、全種類制覇したくなるので危険です。
日本のはそれぞれのサイズが小さいので、きっと大丈夫と自分に言い訳しながら・・・

一部だけ、お見せしますね。
たくさんの種類をちょこちょこ少しずつ・・・というのが、いいのよね~
色合いがきれいで盛り付けも美しく、ヘルシーで栄養バランスが取れている点、アメリカ料理は全く太刀打ちできません。







デパ地下のお弁当だって、何てきれいなのでしょう!


以上、ほんの一部だけ・・・
これが全部あっさりとお腹に入ってしまったかと考えると、何だか感慨深いです。
よく動き回っていたため、体重は変わりませんでしたけれどね。

全部一度には無理なので、これから少しずつ帰国中の出来事を書いていきますね。
温泉ピアノトリオの演奏など、濃いイベント続き。
最後の1週間は、娘一家もサンフランシスコから合流で、それはもう賑やかでした。
95歳の母とひ孫たちの対面が、ついに実現して良かったです。

息子夫婦も交え、こんな所にも行っちゃった。私も楽しかった♪


婿殿は、初めての日本がすっかり気に入ってしまった様子。
食べ物は美味しいし、皆さんとても親切だし、移動するのもわかりやすかったとのこと。
孫たちも飛行機の中ではとても良い子だったそうで、これからもちょくちょく日本を訪れそうな勢いです。


日本は蒸し暑くなりましたが、ミネソタに戻るとしばらく肌寒いほどでした。
留守中、夫がせっせと手入れをしてくれていたので、家の周りは花でいっぱい!
前の住人が植えた多年草がすくすくと育ち、私が日本に行く前に夫と一緒に植えた一年草との共演を楽しんでいます。

「食」に関しては断然日本に軍配が上がり、こちらに戻ってからも懐かしくてたまりませんが、「住」は別です。
空間にゆとりのあるアメリカの田舎に戻り、芝に囲まれた広い庭を見て、やはりほっとしたことは確かです。

それにゴミの分別に毎日悩まなくてすむし、買物にエコバッグもいらない(笑)
やはりこのブログのタイトル通り、「住めば都」なのでしょう。




2026/05/11

人生5回目の「ベト7」でへとへとになる

今シーズン最後のコンサートが、無事に終わりました。
ポップス、ジャズ、現代音楽など、私たちのオーケストラの演奏するジャンルは幅広いのですが、今回は全曲が正統派クラシック
こういうのを待っていました!という方も多かったかもしれません。

指揮者の気合も入っていて、リハーサルも全部で6回ありました。
ポップスなどですと2、3回で本番を迎えることも多いですが、今回はいつもよりみっちりでした。

オープニングは、モーツァルト「フィガロの結婚」序曲です。

画像は Classical Educator より

弦楽器ファゴットによる弱音の序奏の後、大変きらびやかに全楽器で主題が演奏されます。
パッと光が射すようなフォルテッシモのこの部分、弾いていてとてもワクワクします。



7小節続くピアニッシモの序奏部分、弦楽器はずっとアップボウで弾きましょう!という指揮者の「鶴の一声」で、今回はそうなりました。
普通は弓をダウン、アップと交代で弾くことが多いので、斬新な試みだったかも?
腕がそちらの弾き方に慣れてしまっていたため、直すのはちょっと大変でしたが・・・

明るく軽快なテンポ、華やかさを感じるニ長調、ドラマチックな強弱の対比・・・文句なしに名曲です♪


2曲目は、同じくモーツァルト「シンフォニア・コンチェルタンテ(ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲)」です。
これはモーツァルトだな!とすぐにわかるような、いかにも彼らしい曲♪
2人のソリストの生き生きとした対話を、オーケストラがさらに盛り上げていくような手法が絶妙です。



ヴァイオリン
は、Aisslinn Nosky さん。
お客様を惹きつける、パワフルでダイナミックな演奏を披露してくだいました。

ヴィオラは、前回のコンサートではヴァイオリンのソリストとして来てくださった Maureen Murchie さん。
隣りのノースダコタ州にあるコミュニティオーケストラの、コンサートマスターです。
前にも書きましたが、彼女は日本育ちですので、私とは普通に日本語で会話してくださるのが嬉しい♪

お二人共、演奏家や指揮者として各地で活躍するだけでなく、教育者としても情熱的に後輩の指導に当たっていらっしゃいます。



そして、休憩後はベートーヴェン「交響曲第7番」です。(略してベト7
この曲を演奏するのは、私にとって5回目でした。
日本で2回、ミネソタに来てから3回。もう、曲のほとんどを覚えてしまっています。

最初に演奏したのが2000年ですから、何ともう26年も前です。
私はヴァイオリンをスタートしたのがとても遅かったため、長年ずっと初心者のような気がしていますけれど、(年数だけは)もうベテランの域ですよね(汗;)

2000年、2007年、2014年、2019年、そして2026年と、偶然ほとんどが7年おき。
交響曲第7番だから、それに合わせているわけではないでしょうけれど・・・
演奏するたび、それぞれに色々な思い出があり、それこそ走馬灯のように脳内に浮かびます。

きらびやかな冒頭の和音から、あっという間に曲に惹きつけられ、ものすごい推進力によって最後まで運ばれてしまう曲なのではないでしょうか。(第4楽章はロックのノリです)
200年以上前に作られたのに全然古臭い感じがしないなと、私はいつも思っています。
あの「のだめカンタービレ」のテーマ曲になったほどですものね。(テレビで放送されたのも、もう20年も前ですって!!)
楽譜上の音符が、指揮者と演奏者によって踊り出すような、そんな不思議な感覚です。



今回は、木、金曜の夜、土曜の朝に2時間から2時間半のリハーサルで、同日土曜の夜に本番というハードなスケジュールでした。
本当に体力を使い果たした感じ・・・

若い団員は良いけれど、シニア団員は目はショボショボで、肩や腕は痛むし、指もつりそうです。。。
へとへとになるので、「ベト7」ではなく「ヘト7」と呼びたいほど。

この「7年おき」というペースですと、人生であと何回「ベト7」が演奏できるのでしょう。
身体も頭脳もこれからますます衰えていくのでしょうが、生命力にあふれたこの曲を演奏する度に、フェニックスのようによみがえりたいものです。


♪5月9日のコンサートプログラム♪ 

     Marriage of Figaro, K. 492: Overture 「フィガロの結婚」序曲 (W. A. Mozart)

     Symphonia Concertante in E-Flat Major, K. 364
       ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 (W. A. Mozart)

           Intermission

     Symphony No.7 in A Major Op. 92  交響曲第7番 (Ludwig Van Beethoven)
       Ⅰ. Poco sostenuto – Vivace
       Ⅱ. Allegretto
       Ⅲ. Presto - assai meno presto (trio)
       Ⅳ. Allegro con brio

       

2026/04/30

ひいおばあちゃんの美しい食器

無事に引越しを済ませた私たちですが、今まで住んでいた小さな町に、大きな物置(&その周りの土地)を未だに所有しています。
以前に比べるとかなりものが減ったとは言え、まだまだ訳のわからないものが古い段ボールにたくさん・・・

夫の父母の代、祖父母の代、そして曾祖父母の代のものまで残っているのですから、頭が痛くなります。。。
古い手紙、日記、写真などのほとんどは、引越し前に夫がえいっ!と勢いをつけて処分してしまったのですが、まだ家具雑貨工具衣類までいろいろあるよ~

ガラクタなら未練もないですけれど、質の良いものも多いため、さよならするのが難しいのです。
義妹たちやいとこたちにも声をかけ、引き取ってもらったものも色々。

私も、興味津々でいくつかの段ボールを開けてみました。
(私にとっては)お宝を見つけちゃった!
夫の曾祖母ちゃんが使っていた、とても繊細な薄いガラスでできたデザートボウルです。
古い新聞紙で無造作に包まれ、中身もうっすら曇っていましたが、洗ったらピカピカに♪


何十年の歳月を経て、また元通りの輝きを取り戻しました!
夫は妹たちにも見せたことがあり、二人共いらないとの答で、そのまま戻してあったそう。

シュガーポットクリーマー。夫は、これが使われていた日々を覚えているそう。
(曾祖父母が亡くなったのは、夫が小学校高学年頃だったようです)

小さい透明のガラスのものは、何に使うのか見当がつきませんでしたが、お客様ひとりひとりに塩を使っていただくためのものだったらしいです。
おままごとのような小さなスプーンもついています。
こんなのは見たことがありませんでしたけれど、古き良き時代の優雅な習慣だったのでしょうね。


これは使わなそうなので寄付することにしますが、上のデザートボウルは使ってみることに決定。
食器棚に並んでいるのを見るだけで幸せな気持ちに、そして実際に使うと余計にハッピー♪
ただのヨーグルトが、何だか高級デザートに見えてきます。


洗うのにもかなり気を遣うので、あまり実用的ではありませんけれどね。

従妹のひとりが同じ曾祖母から譲り受けた美しいワイングラスも、彼女の家では絶対使わなそうだとのことで、数年前に我が家にやって来ました。
大切な記念日などに、時々使っています。


あまりに断捨離しまくっても、しばらくすると後悔することもありそう。
ご先祖様が大切に使っていた美しいものには、私たちがまた命を吹き込みましょう。


実は今年の夏、その物置でオークションセールを開催することになりました。
プロのオークショナーにお願いするので、物置に残っているたくさんのものを、賑やかに勢いよく売ってくれることと思います。
売れ残ったものを引き取ってくれる業者も見つけたので、いよいよ空っぽになるのかな?

空になったら、物置 (Shed) そのものと周りの土地も、どなたかに買い取っていただくつもりです。


この大きな物置についての詳しい話と内部の写真は、かなり前にアップしたこちらの記事をご覧くださいね。


2026/04/25

キッチンのアップグレード

新居に引越してから、早くも5ヶ月が経ちました。
これから夏に向かって「庭の手入れ」という大きな課題が加わるので、まだ何とも言えませんが、今のところは引越して本当に良かったと思っています。

「狭すぎるのでは?」と一番不安だったキッチンも、使い始めてみると思ったよりずっと使いやすかった。
シンクのあるアイランド周りの動線が、今までのキッチンより動きやすく、夫とぶつかることがなくなりました。

キャビネット引き出しの数がぐ~んと減ってしまったので、かなりの断捨離は必要でしたけれどね。
本当に必要なものだけ残しましたから、スツールを使って高い所のものを取り出す回数も減りました。

ただし、これはどうしても何とかしなくちゃ・・・とずっと思っていたものが2つ。
シンクコンロです。

何度も引越しを経験しましたけれど、子供の頃からず~~~~っと、シングルシンクガスコンロとを使い続けてきたため、ダブルシンク電気コンロは、非常に使いづらいものでした。

でもアメリカでは、ほとんどの家がこの組み合わせ。
引越し前、売り出し中の家を何十件も見ましたが、90%以上がそうだったと思います。

シングルシンクガスコンロとにこだわっていては、永遠に家が見つからなそうでしたので、後で直せばいいか・・・と妥協したわけです。

約5ヶ月経って、やっとそれが実現しました。
本当は、カウンタートップも取り替えて天然石のものにし、すっきりしたアンダーマウントシンクにしたかったけれど、それは諦めることに。

これが、シンクBeforeAfter です。ずいぶん旧式で驚いた蛇口も取り替えました。

Before

After

ダブルシンクは、まだ dish washer(食洗器)が普及する前の名残なのでしょうね。
片方に洗剤を溶かしたお湯を溜めて食器を洗い、その後お湯だけを溜めたもう片方に入れます。
さっと浸すだけで、まだ洗剤の泡が残っている感じなのに、引き上げて拭いてしまう様子にひえ~っとびっくりしたものです。

今はそれこそ100%近く食洗器が普及していますから、シンクで洗うのはそこに入らない大型のものと、食洗器には入れたくない繊細なもの。
大型のものを洗うには、絶対シングルシンクのほうが良いと思うのですが・・・

慣れていなかったので、2つのシンクの区切りの部分に、何度食器をぶつけて壊しそうになったことか。。。
何も壊さないうちに交換できて、何よりでした。


お次は、コンロBeforeAfter です。

Before

After

ガスでなくてがっかりだったコンロは、しかも普通の電気コンロではなく IH (Induction Heater) 式でした。
使える鍋やフライパンが制限されるため(磁石がつくものに限られる)、手持ちのものの半分ぐらいしか使えません。
仕方なく買い足したり、卓上用のガスコンロを使ったりしていました。

IH コンロは多分この家が建てられた2010年から使われていたものらしく、別に汚くはなかったけれど、ちょっと使い古された感じでした。
火力調整する時は High, Medium, Low と書いていある所を何度かクリックしなければいけないのですが、いちいちピッピッとうるさいし、日によってなぜか使えないバーナーもあり・・・
電光表示される数字も、薄くなってちっとも読めないし・・・

ストレスだらけの IH コンロにさよならし、ガスコンロに交換しようと思ったのですが。
チェックしてもらったところ、ガスを引くとなると、壁に穴を開けたり、キッチンにガス管が見えてしまったりということになるようです。

仕方なく、もっと新しいモデルの IH コンロを購入することにしました。
掃除がしやすい、高齢者にも子供にも安全である、お湯があっという間に沸くといった利点もありますので。

色々調べて、レビューの良かった GE (General Electric) のエアフライヤー付きのものを選びました。
コンベクションオーブンとしても使えるなんて、素敵だこと!
火力調整が、ガスや普通の電気コンロと同じく全面ノブ式ですので、とても使いやすいです。

お菓子を焼いてみたら、均一に焼き上がってくれてほっとしました♪


処分したコンロ付属のオーブンは、クッキーにしてもケーキにしても、焼き上げるのになぜか5~10分も長くかかりましたが、新しいのはその心配がなくなりました。

ところで、アメリカの都市部では、新築住宅のガスコンロ設置を禁止、または規制する動きがあるとのこと。
ガス漏れの可能性、衣服に火が燃え移る危険性などを考慮してかと思いましたが、そういうわけではないようです。
ガスコンロは、環境や人々の健康に害を与える化学物質を排出していると主張する人たちがいるそうで、将来はオール電化となってしまうのかな? 残念なことです。

IH と仲良くする道を選びましたけれど、私はそれでも、フライパンを振って調理ができるガスコンロが一番だと思っています。
いかにも、「ザ・料理人」という感じがするではないですか。
それに、ガスなら停電になっても使えますしね。

まあこれからは、今まで持っていなかったエアフライヤーも試して、「利点」のほうに目を向けることにしましょう。


ところで、今日の記事を書くにあたって、ひとつ戸惑ったことが・・・
英語では stove または range と表現しますので、日本では何と呼んでいたのだっけと考えて思い出したのが「コンロ」という言葉でした。

それでは、「コンロ」って一体何語なのかしら?
ググってみたところ、AI によるお答えは以下の通り。

コンロ(焜炉)は外来語ではなく、日本語(漢語)です。 江戸時代に中国語の「火炉(コロ)」が伝わり、それが転じて「コンロ」になったとされています。漢字では「焜炉」と書き、火がほんのりと輝く様子を意味します。

ええっ、初めて知った!皆さんは、ご存じでしたか?

「英語では stove または range と表現する」と上に書きましたが、日本では「ストーブ」は暖房器具ですし、「レンジ」と言えば普通は電子レンジを指すので、時々頭が混乱してしまいます。