2026/09/13

'26夏の思い出4 親子で湖畔の雑木林を開拓

9月半ばとなり、朝晩はぐんと冷えるようになってきました。
それなのに、まだ8月の話をしているのもどうかと思いますが、忘れないように記録しておきますね。

お嫁ちゃんのCちゃんだけ、ニューヨーク在住の友だちを訪ねて先に旅立ってしまった後、数日間は息子と親子3人だけで過ごしました。
この間、息子が一番燃えていたのは、みんなでキャンプファイヤーなどを楽しめる土地を、再び開拓することでした。

昨年11月に町の近くに引越し、それまで住んでいた湖の家と、みんなで火を囲んだりピクニックができた場所を含む周りの広大な土地も、人手に渡ってしまいました。
大勢で集まるにも夫と二人だけで過ごすにも最高だったのは、私たちが「セントラルパーク」と呼んでいた、木々に囲まれた開けた場所でした。

そんな日々が懐かしくてたまりません。
湖の反対側の岸の土地を一部残してあるので、「セントラルパーク」みたいな場所をそこにも再現することに決めた!

既に少しだけは切り開いてあったものの、長年ほとんどほったらかしで、荒れ果てていました。
考えただけで気が遠くなる作業でしたが・・・

若い息子は、長時間動き続けても疲れを見せません。
80歳になった夫も、年の割に本当によく頑張りましたけれど、さすがに息子と同じペースは無理で、時々休憩が必要。。。
それでも、数日続けて息子にお付き合いしたのは偉い! 私も時々手伝いに行きました。

初めはこんな状態で、はほとんど見えませんでした。
倒した木々や切り開いた藪の山がどんどん大きくなっていき、その上に放り投げるのも次第に難しくなってきちゃった。
今はこの山が写真よりずっと大きくなり、しかもあちこちにありますが、雪が積もって火事の心配がなくなったら燃やす予定です。


数日頑張って同じ場所とは思えないほどすっきりし、やっとが見えるようになってきました。
かなりの重労働で、夫も私もくたくた・・・


これでまた、キャンプファイヤーができるようになりました♪
周りの大きな石も、夫と息子がどこからか運んできたものです。


すぐ近くにが流れている所もあり、それを眺めに行く途中に鹿の親子が!
あまり驚きもせず、私のことを不思議そうに見ていました。
かなり遠かったので、写真が鮮明ではありませんけれど、偶然オレンジ色のモナーク蝶 Monarch butterfly(和名はオオカバマダラ) も写っていました。 (ミネソタの州の蝶に指定されています)


余談ですが、モナーク蝶は、新居の庭にもたくさん飛んでくるのが嬉しいです。
近所で、モナーク蝶が卵を産み付けるミルクウィードという植物を見かけるからなのでしょう。

息子が日本に帰ってしまった後も、夫はせっせと新開拓地に通っています。
友人と共に、新しいサインも設置。
湖の北側のちょっと飛び出した場所に位置しているので、North Point と名付けました。


以前所有していた土地に住んでいたこの子たちも、ここに連れてきました!
新しい場所、気に入ってくれるかな?



譲ってもらった椅子なども増え、キャンプファイヤーの準備は整ってきたようです。


またここに大勢が集まって、食べたり飲んだり、おしゃべりしたり笑ったりできる日が訪れるのも、きっともうすぐです♪
周りの木々も、段々色付いてきました。 ここから紅葉を眺めるのが楽しみだな~


2026/09/04

'26夏の思い出3 夫が80歳に! お祝いのフォトアルバム作りに苦戦

もう1ヶ月以上前のことになってしまいましたが、夫が80歳の誕生日を迎えました!
いつの間にかそんなじいさんになったことに、本人も私も驚いています。
日本では「傘寿」と呼ばれるとのこと。「傘」の略字「仐」が、「八十」に見えることに由来するそうです。

大勢の注目を一身に浴びながら誕生日をお祝いされるのは、絶対に嫌だ!とのこと。
(彼が70歳の誕生日を迎える前にも、そう言われました)
アメリカでよく行われるサプライズパーティーなどは、決して計画しないように・・・と釘を刺されていました。

でも、7月半ばに義妹夫婦の家で親族の集まりがあった時、他にも数名いる7月生まれのメンバーとまとめて、少し早いけれどさり気なくお祝いはしたのです。

 親族の集まりについては、こちらの記事を見てね ⇒ ’26 夏の思い出1 嬉しいサプライズ! 

誰かが密かにキープしていた、お父さんが昔着ていたというライオンズクラブのジャケットも、ジョークギフトとしてプレゼントされ、大笑い!
このワッペン (patchesのひとつひとつが、名誉あるものだったらしいです。



その9日後が、夫の実際の誕生日でした。
本人の希望通り家族だけでお祝いすることにしましたけれど、節目となる誕生日をせっかく元気で迎えられるのですから、何か良い思い出になるプレゼントが必要よね。

5年前の75歳の誕生日には、娘が中心となって親族のお祝いメッセージの動画をまとめました。
これもとても楽しくて、大喜びしてもらえて良かったです。

今回は動画でなく、手に取っていつでも眺めることができる、「お祝いメッセージ付き写真集」を作成することに決定!
大きなイベント時にいつも集まる親族だけでなく、なかなか会えないいとこたち、長いお付き合いを続けている親しい友人、夫の元同僚でまだ連絡を取り合っている人たちにまで、手を広げることに・・・

7月初め(実際の誕生日の約3週間前)に、大勢の方にメールでお願いをしました。
私は Facebook などはやっていない化石人間ですが、幸い夫の友人のメールアドレスは知っています。
夫と一緒に写っている写真、または自分のお気に入りの写真と共に、3-5行の簡単なお祝いメッセージを送るように、皆さんにリクエスト。
写真がなければメッセージだけでもOKと加えて、後はひたすら待ちました。

息子夫婦をはじめ、すぐに送ってくれた人も大勢いましたし、懐かしい写真を大量に送ってくれた人も!
3-5行とお願いしたのに、それ以上の長いメッセージを送ってくれた人がほとんどでした。
夫がたくさんの方々から大切に思われているのを改めて知って、妻である私はウルウル。

でも締め切りギリギリまで、何も連絡をくれなかった人たちもたくさん・・・
若い甥や姪たちは、忙しいでしょうしね。
娘夫婦も、ギリギリでした。義弟、下の義妹夫婦、みんな遅かったぞ。。。
それでも、みんな心のこもったお祝いの言葉を送ってくれました。

メッセージだけの人もいたので、自分で保管している写真の中からその人が写っている写真を探したり、結構大変な作業でした。
写真とメッセージのやり取りの中で、皆さんそれぞれ私に近況報告してくれたため、その返信にもかなりの時間を取られました。
それはそれで、とても楽しい時間でしたけれどね。

メールアドレスが変わってしまったのか、メールなんて読まないのか、夫が嫌いになったのか(笑)で、返信がなかった人も数名いましたけれど、合計43通のお祝いメッセージをいただくことができました♪
(夫婦連名の方も多かったので、合計63名からです)

初めは、Shutterfly, Snapfish, Mixbook など、テンプレートに従っておしゃれな製本ができるポピュラーなサイトを利用して、見栄え良くまとめようと思っていたのですが・・・

例えば、こんな感じのです。(これは、Mixbook のサンプル)



写真だけならともかく、長いメッセージ付きとなると、それに合うようなテンプレートが見つかりませんでした。
テンプレートを使わず、白紙の状態から全部自分で行う方法にも挑戦してみましたが・・・
7月半ばに日本からやって来る息子夫婦を迎える準備も重なり、とても無理と判断。
全てを、夫に内緒でやらなければいけませんでしたしね。

普通にマイクロソフトWord を使って作り、UPS(普段は宅配便でお世話になっているけれど、コピーなどもお願いできる)に持って行って、カラー印刷してもらうことにしました。

が・・・ここにもちょっとした難関が・・・

私が使っているのは日本のパソコンなので、Word で作る書類はデフォルトでA4サイズに設定されています。
でもアメリカで一般的なのは、レターサイズというA4より横幅が少し広く、縦の長さは少し短いものなのです。

画像は Wikipedia より

印刷の前に気付いて良かったけれど、サイズを変更したら、レイアウトも狂ってしまった(涙;)
やっとそれを訂正し、UPS で数ページ試し刷りしてもらったところ、それでもレイアウトが崩れ、指定したフォントではなくなっている箇所も。。。

でも担当の方が、PDF ファイルに変換すれば元通りの形式で印刷できますよ、と親切に教えてくれました。
(試し刷りのお代は結構です・・・と、お優しいおっちゃんだった)

「PDF ファイルへの変換」は、大昔にやったことがある!
その方法までは全く覚えていませんでしたけれど、知ったかぶりして「変換して、明日また来ます!」と即答。

家でググったら全く難しくはなくて、すぐに変換できました。
ばあちゃんの委縮しつつある脳みそのシワが、3本ぐらいはつるんと平らになった感じ。
翌日、同じおっちゃんに頼んでめでたく印刷を終え、あとはクリアファイルに1枚ずつ入れれば良いだけというところまで、誕生日の2日前にようやくこぎつけました。

実はクリアファイルにも、ちょっとした苦労が・・・

新しいのを買おうと思っていましたが、この辺の店ではどこにも見つからず、仕方なく日本から持ってきた手持ちのものを使いました。
これもA4サイズなので、アメリカのレターサイズで印刷されたものは横幅が本当にギリギリ。
何とか入りましたけれど、上部が少し空いてしまいます。

もう間に合わないので、まあいいや。


誕生日当日は、日本から来た息子夫婦と共に、家でささやかなお祝いのディナー
夫の大好物をテーブルに並べ、バースデーケーキも焼きました。

そして、いよいよプレゼントタイム
渡した時の、夫の驚いた顔が忘れられません。
ページをめくりながら、目を潤ませていました。
皆さんからのたくさんの温かいメッセージと、思い出いっぱいの写真の数々ですもの。

周りの人々との関係を何よりも大事にしてきた彼にとって、これは嬉しいプレゼントだったに違いありません。
一番最後に、子供たち、孫たち(ネコのキキも含めて)、私のページも加えてあります。

実は、時々急に近づくと私がパソコンをさっと閉じたことが何度かあり、ちょっと不思議に思っていたとのこと。
密かにポルノサイトでもながめていたのでは・・・と疑っていたとか(笑)
やっと謎が解けて良かったね~

とても時間はかかったけれど、50ドルちょっとだけの費用でできちゃった。
妻である私にしか作れなかった、世界にただひとつの、60ページ分の愛がいっぱい詰まったお宝よ♪


AI で加工して、本人にサインを持たせました


アマゾンでレターサイズのクリアファイルを後でオーダーし、前よりずっとすっきりとおさまったことも報告しておきます。
こちらでは、Clear file で検索すると、紙を数枚はさむ程度のぺらぺらのものが出てきます。
これは、日本で「クリアホルダー」と呼ばれているのでは?
私も、どちらがどちらなのかわからなくなってきた・・・

Clear Book ですと、候補が見つかります。
Presentation BookDisplay BookBinder with Plastic Sleeves といった、色々な名称で呼ばれているようです。

こんな名称も、知らなかった。
また、脳みそのシワが2本ぐらい伸びたかも・・・?
色々な意味で、頭を働かせる良い機会となりました。

夫が90歳になった時にも、100歳になった時にも、一緒にお祝いできますように・・・


2026/08/26

'26 夏の思い出2 5世代の持ち物でいっぱいだった物置が、オークションで空になる

前回書いた親族の集まりが終わるとすぐ、以前から計画していたオークションの準備が始まりました。
昨年11月末まで住んでいた家の近くに、私たちはまだ大きな物置とその周囲の土地を所有しています。


ここには、何と5世代分(夫の曽祖父母から息子まで)の持ち物が詰まっていました。
義弟が「いつか使うかも」と取っておいた家具や雑貨、思い出の品なども、ついでに置いてあったし・・・

14年も前のブログに、この物置について詳しく書いたことがあります。

あれから夫も頑張って、不用品は誰かに譲ったり自分で処分したりし、かなりすっきりはしてきたのですが。
義弟の持ち物はまだ全部そのままでしたし、素人の力では断捨離にも限界があると感じていました。

そこで、プロのオークショナー(競売人;オークションを開催する人)にお願いすることに。
その準備のため、ここに滞在していた息子、そして親戚や友人にも手伝ってもらって、着々と準備が整いました。

上部にあったたくさんのものを全部下ろし、空っぽになったところ。


前の晩は大嵐でどうなることやらと心配でしたけれど、当日は好天に恵まれました。
前もって大々的に宣伝もしていただいたため、驚くほど人が集まってみんなびっくり。
簡易トイレも設置され、バーベキューなどの食べ物と飲み物を売るトラックも登場!
ちょっとしたお祭りのようでした。

とてもテンポの良い独特の言い回しで、司会進行が進みます。
こんな居酒屋ののれんまで出てきたぞ・・・35ドルで売れた♪


外に出したものが、それこそ飛ぶようにどんどん売れると、お次は物置の中へ。

さすがアメリカで、は大人気。かなり良い値がつきました。
(変な人も来るかもしれないので、銃弾を一緒に売るのはやめようねと言われてドッキリ)
息子が高校の頃京都で買ったおもちゃのも、買値より高価格で売れた♪


時計だけでも、こんなにありました。おじいちゃん手作りのもあったみたい。


これは曽祖父母が使っていた、多分当時はかなり高価だっただろうと思われるディナーセット
残念ながら、親戚には誰も欲しいと言う人がいませんでした。


このセットがたったの7.5ドルだったのは、がっかりだったなあ・・・
しかるべき所で売ったら、きっともっと良い値がついたのでしょうけれど。
ごめんなさい、ひいおじいちゃん&おばあちゃん。

楽しい思い出いっぱいの1954年製のジープとも、ついにお別れでした。


あんなにもので溢れていた物置が、オークションの後はこんなにすっきり!


以前はこんなでした。本当にここまでよく頑張ったこと!



残っているのは、義弟が使いたいとまだ言っているものと、ちょっとしたツールだけ。
もう少し整えて、秋頃には物置と周囲の土地も売りに出す予定です。

夫とその兄弟たちにとっては、思い出の品が二束三文で売れていくのを見るのは辛かったかもしれません。
でも、プロの力を借りたのは大正解だったと思っています。
アメリカでは、特に夏にあちこちの家で「ガレージセール」が開催されますけれど、そんなのではとても間に合いませんでしたから。

オークションの売上金がどうだったかというと、謝礼などを差し引くと、ものの多さの割にはそれほどではなかったのですが、とにかく身軽になれたことにほっとしています。

それと同時に、今私たちが毎日使っているたくさんのものも、いつかは子供たちや孫たちにとってのゴミになってしまうのだろうなと考えると、何だか切なくなってしまいますけれどね。